シアターピエロ

How are you getting along these days, baby?

ただそこにある塵をすくいあげる

ぼんやりした話 10年ほど前、私の周りには今よりたくさんの箱庭があった
どれも壁なし天井なし、出入り自由
たったひとつを己の個性で彩り、飾り立て、魅せることで愛を表現する人々
たったひとつを足掛かりに言葉を交わし、想像を膨らませては繋がりを広げてゆく人々
彼らはみな当事者だ
目的は異なれど、見つめる先は同じ

私も身の回りには存在しない世界を求めて、
しかし誰に関わるでもなく、箱庭同士の繋がりに興味を持つでもなく、
ただぐるぐるとそこらじゅう見て回った

私が強く惹かれ、触れたいと感じる対象は、すべてをまとめあげるたったひとつ、それだけ

(人見知りだから黙っていた、というのもある)

ひたすら、
広い場所で見聞きしたなにがしかを、誰に見せるでもなく自分の箱庭に書きとめていた
私の他愛もないひとりごとに価値を見出したという誰かも、やがては飽きて過ぎ去る
誰が何を感じようがどうだっていい
所詮掃き溜めだ という気持ち

腐りつつ籠もっていた私とはまったく関係なく、
時が経つごとに、箱庭はひとつふたつ減り始める
簡単に言えば興味が薄れたということ
需要に対して供給のない状態がずっと続いていた
誰もかれも綴る言葉を失い、浅い繋がりは断ち切られ、最初から存在していなかったかのように消滅していった
見えない糸の存在など、傍観者の私には関係がない


その中で、形を変えずに残っている箱庭がある
私が知る限り、ふたつ
ひとつは開店休業状態だけど、もうひとつは現在進行形で箱庭の中の人の様子がうかがえる
どの箱庭も消え去り、あるいは形を変えた今も、ときおり、たったひとつにまつわる言葉を綴っている
私が初めて中の人を知ったその日から、ずっとだ
(別のひと…いや、ひとびと?の話が圧倒的に多いけど・笑)

感服しつつも相変わらず繋がりを持つ気はなく、ただ日参しては、私も自分の箱庭に言葉を書きとめた

なんてことを続けていたら、2年ちょっと前、思いがけず中の人に見つかってしまった
おそらく、周りの箱庭がなくなったことで、私の箱庭がたいそう目立つようになった、そういった理由

ガチでびびった(素)

私が今見つめる先は、誰とも繋がりを持たない別のひと
中の人も中の人で、別のひとを見つめている
なんだけど、根底にあるものはやはり同じ
当時ほどではないにせよ、どこかでいつまでもとらわれている

だからなのか、
私が今いる場所は、かつて中の人がいた場所に、限りなく近しい
今までもこれからもずっと傍観者でいるつもりだったのに、まさか自分が当事者になる日がくるとは思わなんだ
どこか通ずるものがあったから認識されるに至ったんじゃなかろうか、とこの頃は思う
ついでに、今までもこれからもマカロニがいいな、とも思っている
たぶんまた年末にお邪魔する それまでお元気で(過労死とか笑えぬ。。)



たったひとつにとらわれて、私は大事な人をたいそう傷つけた
だけど、たったひとつの存在なくして、今はなかったはずだ

つまりは、なんだか皮肉 というお話

誤解を招くといけないから書くけど みな私に必要な存在だのよ